Vol.3 「日本修理」できるようにしなければいけない

前回、日本のお客様は世界一厳しい目を持っている、とお話ししましたが、そのお客様を満足させるためには、私達修理技術者のさらなる技術向上が求められると思います。特に私としては「スイス修理」となっているものを「日本修理」できるようにしなければいけないと思っています。
4ヵ月から6ヵ月もかかるスイス送り修理を気分良く預けるお客様はいないと思いますが、一度だけ、俺の時計、今スイスに行って修理しているよ、と自慢げに話される人がいました。私の工房に、メーカー(代理店)の対応に不満を持ったお客様が来店されますが、びっくりするのは、私がかつて担当していたときはOKだったのに今はスイス修理になっているものが多数あることです。どうしてでしょう、時代が変わったのでしょうが、私はそうは思いませんが。ただ私が担当していた頃は、そのブランドの生き字引のような技術者がトレーナーとしていたのですが、今はどのブランドも30歳前後の若いトレーナーとなっているようです。この事が何か作用しているのでしょうか。

私の事を少し話します。初めてのブランドでは何も分からずスイスに行くわけですから、トレーナーの言う事を全て丸暗記してくるのです。半年か1年に1回スイスに行くのですが、2度目のときは、その間に修理した内容をレポートにして持っていきます。修理の内容とどう直したかの話し合いをとことんしました。その事が幸いしたのか、最初のトレーナーは若い人でしたが、彼が次に私を見るなり、自分にはもう教えられませんと急に違う場所に移動させられ、そのブランドの生き字引のような白髪の伯父さんに教わる事になりました。工房の責任者で、何を聞いても的確な答えが返ってくるので、楽しく勉強できました。同時に技術者同士で話が通じ、お互いに良い印象を持ち、3回目のスイスからは彼の家まで遊びに行って奥様の手料理をいただくのが恒例になりました。そのブランドを離れてもスイスに行くたび訪れる事にしています。現在はリタイヤされていますが、今でもクリスマスカードや贈り物などで交流が続いています。

ドイツに行ってトレーニングを受けたときも、違った意味で信頼関係を築けたと思っています。月曜日から金曜日までの5日間のカリキュラムが作ってありました。初めての機械でしたが、注意深く仕事をし、注油(油差し)が終わりチェックしてもらったとき、トレーナーが一言、素晴らしい、私の理想とする油の量と一致した、と言ってくれて一気に会話が弾んだ事を覚えています。その事があったからかどうかは分かりませんが、5日間のトレーニングが3日で終わり、後はホリデーでした。
私が言いたいのは、通り一遍のトレーニングでは信頼関係は築けないと思います。信頼関係ができるとどういう事ができるかというと、トレーニングをまだ受けていなくても、事後承諾でできるのです。これを利用して私は何でも手を付けました。ミニッツリピーター、ツールビヨンなどなど、次に行ったときに、トレーニングは受けていないけれどお客様の要望で直しましたと報告するのですが、一度もやるなとは言われませんでした。それでは、その時計をまず勉強しようと言って始まります。一度日本で経験しているのでスムースに進んでいきます。疑問に思っていた事も分かっているわけですから質問もできます。トレーニングが終わった後、次に来るとき何をやりたいか聞かれるようになれば、うまくいっていると思います。

メーカー(代理店)の技術者の皆さん、がんばって何でも修理できるようになって下さい。そうしないといつまでもスイス修理がなくなりません。日本の時計愛好家の皆さんにこれ以上不愉快な思いをさせてはいけないと思いますが、10年後にはミニッツリピーターの修理を日本ではできる人がいなくなると思っているのは私だけでしょうか。日本で修理ができない事がどれだけ営業上マイナスになっているか、私の経験で分かっています。その意味でも、技術者の皆さん、がんばってスイス修理を無くしませんか。