Vol.5 新品同様に仕上げようとするわけです

先日、同業者の人から次のような話がありました。あるブランドにメーカー修理のオーバーホールを依頼したら、ケース交換が必要になると連絡がきた。オーバーホールで5~6万円ぐらいと思っていたのに12万円の見積りがきたと聞かされて、同じ話を5か月前にも聞いたと、その人と話しました。その話があった後で、7,8年前にそのブランドの中堅技術者と話した内容を思い出しました。彼の話を聞いて私も同感だったので、その時の話をしましょう。

今の若いものはとの話から始まったのですが、本当によく仕事はやる、言われたこと、与えられたことは一生懸命やる、ただこだわりすぎる。どういうことかと言うと、例えばケースキズ、とことんキズを取ろうとする。その時計が数年使用したものでも、ケース仕上げの要請があった場合、新品同様に仕上げようとするわけです。キズを取ることだけを考えて、例えば0.2ミリの大きな深いキズであっても取ろうとするのです。今の時計のケース厚はメーカーによってまちまちでしょうが、裏ブタが0.8から0.9ミリと思います。ケースの胴、3時9時のケース厚は裏ブタより薄いと思いますので、もし0.2ミリのキズを4回繰り返して仕上げたらケースがペラペラでなくなってしまうことになります。分かりますか、仕上げをするということは、削り取って薄くなっているということを。

話を始めに戻します。彼が、また私が危惧していたことが、今現実になってきているのではと思っています。ついこの間も違う有名ブランドの技術者が言っていました。キズを取ることに集中して、いかにキズのない仕上げをするかに夢中でやっている。そのため、18金のブレスの仕上げをやってペラペラにした若い技術者がいたと聞きました。どうしてこのような、オーバーホールをしたらケース仕上げをするようになったんだろうか。私の記憶では20年前はなかったと思いますが、どうしてどのブランドも仕上げをするようになったのでしょう、それも仕上げの出来を競うように。

私の穿った考えを話します。たぶん大きな時計販売店あるいは有名デパートの要望で始まったのではないかと思っています。オーバーホールでお預かりした時計が、出来上がってきた時にケースもきれいになっていたらお客様も喜ぶし、何より機械だけの修理よりケースがきれいになっていれば、説明をせずともお渡しできるから楽ですね。でも本当にお客様は全員望んでいることでしょうか。お客様の要望ではなく預かる側の都合で始まったように思いますが。思い出しましたが、昔のお客様はケース仕上げはしないでくれ、削って薄くなって軽くなるから、と言う人が結構多くいました。今はそう言う人はいませんね、時代の違いでしょうか、それとも時計に対する思い入れが違うのでしょうか。

そういえば、このところ、時計の中古市場が賑わっています。もし時計を購入する時、自分のため、あるいは一生物として購入した時計と、その時その時の好みで買い替えを繰り返す人とはまったく修理の対応が違ってくるのです。ケース仕上げひとつ取っても、一生物として購入されたお客様には私の工房では先ほどの削る話をしてできるだけ最小限にとどめるようにします。お客様でも売り出すので仕上げをと言われれば、新品同様仕上げ(使用した時計は新品にはならないとの思いから、このような言い方をしています)をすることもありますが、これが販売店から仕上げ依頼があったら、よほど深いキズが無い限り頑張ってキズ取りします、再販すると分かっているからです。でもその時計を購入する人が、中古でケースがきれいになっていたら削ってきれいになっていることを分かって購入なり販売なりをして欲しいと思うのは、時計修理の現場でケース仕上げをやりながらそのやり方に疑問を持っている私だけでしょうか。