Vol.10 今の若い技術者は追求心がないように私にはみえます

前回の続きですが、やはりゼンマイが約5時間スリップしていました。ゼンマイのスリップする部分を整形して直しました。振り角が240度しか振らなかった原因はなんだと思いますか、修理技術者の皆さん。ケースから機械を出して振り角を調べたところ290度から300度振っていました。それなので機械的には問題ないと判断し、もう一度ケースに入れて裏蓋の4本ネジを占めてみたところ3分後には270度になり、5分したら240度に落ちました。 すぐには止まらないのですが、あきらかにどこかきしんでいると判断しました。今までの経験で短剣車(時針車)ではと思い、ケースから取り出し時針車の隙間をチェックしたところ、ほんの少しありましたが少ないと感じました。もう一度ケースに入れ裏蓋のネジを閉めて、文字盤と針の隙間を注意深く見たら文字盤が曲がったように見えました。それも隙間がなくなる方向に、文字盤と時針車の隙間が少ないと判断しました。機械から文字盤を出し、少し文字盤の中心を膨らませて時針車との隙間を多くしてやりました。針を付けずに文字盤をセットして裏蓋を閉めてみました。5分後に測定機にかけると290度の振り角でした。30分後にもう一度見ましたが変わらず290度振っていました。これでこの時計の不具合は時針車の隙間が少なかったためと判断しました。 念のためオーバーホールをして全巻での持続テストを3日間、自動巻きの巻き上げテストを3日間行って納品しました。 この時計を修理してみて思うのですが、今の若い修理技術者は本当の修理とは何かが分かっていないのではと思うのですが、どうでしょう。

この時計についていえば、まずゼンマイのスリップがどうあるべきか分かっていない。2回再修理で戻ったとき、おそらく機械だけのオーバーホールをしただけで根本的な不具合の追及をしていないからだと思います。今回もケースにセットして5分もすれば振り角が悪いのがわかるのですから。 はじめのオーバーホールでは分からなくても二度目に再修理できたときは注意して見なければいけないと思います。全般的に今の若い技術者は追求心がないように私にはみえます。でも若い人だけの問題でもないと思います。私も含めて先輩たちの責任でもあるように思います。つまり技術の伝承がなされていないと思います。若い技術者にすれば、2年も3年も学校で勉強してきたからもう一人前と思っている人もいるように話を聞きます。私から見れば、やっとこの仕事の世界に片足を入れたぐらいと思うのですが。 それから時代の違いがあるとは思いますが、今は時計修理といいながらオーバーホールで終わっているように思います。オーバーホールでなければクリーニングしかしていないようですが、どうですか。それと修理といいながら部品交換で終わっていると思いますが、どうですか。

部品交換してクリーニングして終わっても修理というのでしょうか。広い意味では止まった時計を動くようにするのですから修理したといえるのでしょうが、日本の国家試験でも先に書いたように分解組立の作業でいいのですから、どうしてもあのような思いになってしまいます。それに比べてCMWの試験は全く違う意味の試験だと私は思います。私の受験時の時計はセイコーの鉄道時計でした。全員同じ時計でしたが、壊され方は全員違うところだったと聞いています。

私達のもっと前は何が試験に出るか分からなかった時代もあったと聞きました。提げ時計とは決まっていてもどのブランドが自分の手元に来るか分からなかったと聞きました。5人受験したとしたら5個来るのですが、くじ引きで自分の時計が決まったとのことです。ですから、若い皆さんが受けた国家試験とはまったく違った試験だったのです。課題の時計が一個一個違うわけですから、また町で売っている新品ではないのですから交換部品もないのです。それで壊れた部品を作り、修理して動くようにしたのです。これが本来の修理ということだと思うのですが。